こだわりコラム仕立て
もしビスポークを“一着だけ”頼むなら何を選ぶ?――ツイードとお台場仕立て
もし人生でビスポーク(フルオーダー)を“一着だけ”仕立てるならあなたは何を選びますか。王道の正解は2つあると私は考えます。
ひとつは仕事から冠婚葬祭までを網羅する濃紺のスーツ。濃紺は仕事から少し改まった場まで守備範囲が広くそれでいて品があるので年齢が変わっても長くお召しいただけます。スーツは紺で始まり紺で終わるという言葉もある通り初心者から上級者まで愛される一着となること間違いなしです。
もうひとつは流行に左右されにくく体型変化にも寛容なカシミアのチェスターフィールドコート。膝下丈まであるチェスターフィールドは礼装用のコートで形が極端に流行へ寄りにくく長く着用できる定番の一着です。子どもに譲ることまで考えるならコートは資産として成立しやすいと思います。
どちらも「一生モノ」の筆頭です。
ただその上で私が心からおすすめしたいのはツイードのジャケットです。理由は単純でツイードほど「直して育てる」が愉しく成立する素材は少ないからです。
ツイードはくたびれた頃が一番格好いい
ツイードのジャケットは納品された瞬間がピークではありません。着込み、身体に馴染み、少しくたびれてきた頃にようやく“完成”を迎えます。傷みすら“味”として受け止められる稀有な素材です。
ビジネスの最前線では出番が少ないかもしれませんが、ちょっとした会合、食事、旅行にはもってこいだと思います。ツイードは上品な風格を保ちながら風景に馴染みますので旅先のホテルなどで浮きにくいのもツイードの良さだと思います。
そしてツイードは直して育てられます。
肘や肩が擦れてきたらパッチで補強してもむしろ格好がよく傷が欠点になりにくいのが長く着る服として強い理由です。

50年モノを直して着るということ
時間をみつけて修理しているこのツイードジャケットは先代から受け継いだもので50年近く前のものです。私ではお腹まわりが足りずウエストを目一杯出した上にフロントダーツまで外しました。



こうして修理しながら「親から子へ」が理屈抜きに成立するのがツイードの面白さだと思います。
本題:子に譲るなら「お台場の口布」を見てほしい
さて、ここからが今日の本題です。
「良い仕立て」の代名詞として語られるお台場仕立てですが子に譲る前提で仕立てるなら単に「お台場だから良い」で終わってはいけないと思います。
注目すべきは口布(ポケット口)が“共生地(表地と同じ布)”かどうかです。
1. そもそも「お台場仕立て」とは?
お台場仕立てとはジャケットの内側(前身頃の裏側)に表地を使い内ポケット周りをまとめて支える仕立てです。一般的には「高級仕様」として語られますが長期的な視点で見ると真価は耐久性というより修理時の整合性にあります。※整合性=直したあとも“そこだけ違和感が出ない”こと
2. 「裏地口布」と「共生地口布」の違い
お台場仕立てには大きく分けて2つのパターンがあります。
⚫︎ 口布が裏地でできているタイプ:軽く、薄く仕上げやすい

⚫︎ 口布が共生地(表地)でできているタイプ:見た目の整合を取りやすい

3. なぜ「共生地」がおすすめなのか
理由はシンプルで裏地の交換はいつか起きるからです。上の写真でそれぞれもし裏地が破れて交換するときの違いをイメージできますか?
子に譲るまでの数十年の間に汗や摩擦で裏地を張り替える瞬間が来ます。そのとき当時と同じ裏地が手に入るとは限りません。口布が裏地で作られていると裏地を交換した瞬間に「ポケット口だけ色や風合いが変わる」事態になります。
※黒色のツイードは裏地を黒にすれば取り替えの瞬間がきたとしても黒色の裏地がないという事態にはならないだろうと思い選んでいます。
一方で、口布が共生地であれば裏地が変わってもポケット周りの“顔”が残りやすい。
私はツイードで“育てて直す”前提にお台場にするのなら口布も共生地をおすすめしています。
未来を設計に組み込む
子に譲るための工夫はお台場だけではありません。他にも後々助かるポイントがあります。
4. 袖ボタンは「伸ばせる」仕様に
次世代に譲る際直しが出やすいのが袖丈です。そこで袖はどちらかがおすすめです。
⚫︎ 最も安全:ねむり穴のボタンホール

⚫︎ こだわるなら:本切羽+いちばん上だけねむり穴

5. 縫い代は「標準+α」で
シルエットを崩さない程度に内側の縫い代(余白)を標準より少し多めに残しておきます。これにより子が自分より少し体格が良く育っても直しで受け止められる可能性が上がります。
6. ベントはセンターベントで直しやすさに差が出る
サイドベンツのほうが私は好みでエレガントだと思っていますが、ジャケットの構造上もしお直しのことを優先するのならセンターベントのほうがシルエットを出すにしてもゆとりを加えるにしても都合が良いです。
まとめ:ツイードは「作って終わり」ではない
ツイードジャケットの完成はゴールではなくスタートです。直して、育てて、いつか自分よりも似合う誰かに手渡す。その未来を想像して仕様を選ぶと服を誂える体験はもっと深くなると私はそう思います。
(追伸)お手持ちのジャケットの内側を一度覗いてみてください。そのポケット口は裏地ですか。表地と同じ布ですか。もしかしたら、そこにその一着が歩む“寿命”のヒントが隠れているかもしれません。

