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コラム仕立て

静岡県で「本物のフルオーダースーツ」が作れる名店4選!後悔しないための工程視点による考察

「静岡で本当のオーダースーツを仕立ててみたい」「イージーオーダーとフルオーダーの違いがよくわからない」「失敗しないためにフルオーダーの料金相場も知りたい」こう思って検索すると上の方には広告費をかけたウェブサイトやSEO対策のための記事ばかりが並びます。

それ自体が悪いと言いたいわけじゃないですが本当のところはどうなの?と混乱してします。なので今回は仕立て屋の目線で書いてみます。静岡県内で公式ウェブサイトがあり「個人の型紙を新規で作り職人が一着を責任持って縫いあげている」お店だけを4つ紹介します。…というか職人と問屋さんのネットワークを辿って調査した限りではもうこの4店舗だけかもしれません。

※今回の記事を書くうえで
イタリアンの個人店はお店ごとに作り方や材料、味付けによって同じカルボナーラでも大きな違いがあります。フルオーダーのスーツも同じでお店ごとに味つけが異なります。今回の記事は仕立て上がるスーツの好みの話ではなく、もっと前提となる工程のお話になります。


1. そもそも「本物のフルオーダー」の定義とは?

最近は「フルオーダー」という言葉の幅が広すぎて私たちでも戸惑います。それぞれのお店でフルオーダーの定義があるのだと思いますがイージーオーダーを「フルオーダー」と呼んだり、型紙までは良くても縫製は工場へ流すスーツも「フルオーダー」と呼んでいるお店もあるそうです。

そこで世界的に一番わかりやすい基準として、スーツの聖地と呼ばれているイギリスのサヴィル・ロウの協会――サヴィル・ロウ・ビスポーク・アソシエーション(SRBA)の考え方をいったん借ります。もちろんSRBAの“会員条件”には「サヴィル・ロウから100ヤード以内に本拠がある」とか「2,000以上の服地を用意する」みたいな土地柄の条件も含まれます。これは日本にそのまま当てはめる話ではありません。

ただ、ビスポーク(=本物のフルオーダー)の核は国が違っても変わらないと思います。

SRBAの定義・会員要件を噛み砕くと要点はこのへんです。
個人専用の紙の型紙(ペーパーパターン)から作る(既存型の微調整ではなく“あなたのための型紙”)
● 熟練した職人が作り、上下を少なくとも50時間級の手仕事と一般に複数回のフィッティング(仮縫い)を前提にしている
● 作る工程がマスターカッターの監督下にある(=責任の所在が逃げない)
● 作業(create)は自店で完結、縫製(make)も“丸投げ”ではなく責任の所在が追える範囲で行う(言い換えれば職人の〇〇が縫っていますと言える)
※SRBAはこれをさらにSavile Rowという地理条件で縛っています。

要するに「個人専用の紙ベースの型紙で、仮縫いが前提で、誰が責任を持って縫っているかが明確」 ということです。

この記事では、これを“本物のフルオーダー”として話を進めます


2. 静岡県で信頼できる「本物のフルオーダー」4選

以下は公式ウェブサイトがあって私が工程を把握しているお店です。「フルオーダー」という言葉だけでなくしっかりと工程を踏んだ一着をお仕立てしてもらえること間違いなしです。

● テーラー新屋(浜松市)
私の店です。この4店ではずば抜けて最年少の仕立て屋です。唯一短寸式を採用しています。
ウェブサイト: https://www.tailor-shinya.com/
 →ハンドメイドラインはこちらから (ビスポーク)
 →スタンダードラインはこちらから (MTM)

● テーラーKOTOBUKI(静岡市)
静岡県注文洋服組合の大先輩。組合の最後の会長も務められ私の優秀技能士の推薦もしてくださいました。現在もバリバリ仕事をされていています。
ウェブサイト: https://www.tailor-kotobuki.jp/

● セリザワ洋服店(裾野市)
静岡県注文洋服組合の大先輩。いつも柔和な笑顔で迎えてくださるので初めてでも相談しやすい空気感のある方です。最近駅前開発により移転されたようです。
ウェブサイト: https://r.goope.jp/tailor-serizawa/

● テーラー後藤(沼津市)
静岡県注文洋服組合の大先輩。コンクール出場の際にも相談に乗っていただきました。仕立て業界では「先生」です。物静かで仕事に対して非常に誠実な方です。
ウェブサイト: https://www.goto-tailor.jp/

他にも「本物のフルオーダー」の定義に合致する静岡県の仕立て屋さんがいたらぜひ教えてください。確認後に上記のリストに加えていきたいと思います。


3. 「20万円以下」のフルオーダーは算数として成立しない? 

フルオーダーのスーツを一着仕上げるのにどれほどの時間がかかるかご存知でしょうか。高齢化などでスピード差はありますが目安としてはこんな感覚です。

● ジャケット:平均 7日前後
● スラックス:平均4日前後
つまりひとりの職人が月に縫えるのはジャケットで平均3〜4着、スラックスで7本前後が限界です。

ここで一度だけ簡単な算数をしてみてください。
Q. みなさんは1ヶ月にいくら必要ですか?
Q. その金額を月の平均着数で割ってみてください。

さらに、生地代・付属・家賃・光熱費・打ち合わせ時間・型紙作成・裁断・仮縫い・補正…が乗ります。
それに利益を加えたものが一着の値段です。

どうでしたか?20万円以内に収まりそうですか?これが大都市となると物価もあがりさらに値段は高騰します。もちろん家賃がかからない、生地を反物で買っている、慈善事業でやっているなどの”企業努力”で20万円以下の可能性が0とは言いません。でも、なかなかに厳しいと思いませんか?

ただ一番危険なのは価格だけ見て“フルオーダー”だと思い込むことです。なぜなら工程がイージーオーダーでも“フルオーダー”という言葉をまとえば高額でも成立してしまうからです。だから価格で安心せず工程の中身を確かめてください。


4. 【禁断の思考実験】その店が「工場縫製」かを見分ける方法???

昨年、某縫製工場へ見学にいく機会がありました。さまざまな形のミシンが並びパーツごとに効率よく縫製をしていました。その時に工場縫製かどうかを見分ける質問を思いついたのでご紹介します。

「シルク(絹)のミシン糸を持参するので、これで一着縫ってもらえませんか?」

もし一着を一人で縫い上げる職人なら「糸調子の調整が面倒だな」「糸強度の問題でクレームにしないなら…」と思うくらいで断る理由はありません。

一方で縫製工場を使っている店は…どうでしょうか。 1人のお客さまのためだけに何台ものパーツごとに特化したミシンの糸を一台ずつ入れ替え調整するのは、工場では現実的に難しくおそらく高確率で断られるのではないでしょうか?これが「ミシン糸の踏み絵」です。

……とはいえ、これは思いついただけなので実際に聞かないでください(笑)あくまでもその質問をしたらわかるかもっ!?と思いついただけです。

現実的には「この店で縫ってくれるのはどなたですか?」とか「仮縫いはありますか?私専用に型紙を作ったら興味があるので見せてもらうことはできますか?」ぐらいなら嫌がらないで答えてくれるかな?と思います。

補正後の型紙

5. フルオーダーのお店で後悔しないための確認質問

納得のいく一着を手に入れるため、店主に以下の4点を単刀直入に聞いてみてもよいかもしれません。

1.「仕立て上がったら私の型紙を見せていただけますか?」
紙の型紙が存在しそこに修正の形跡があればそれはあなた専用の証です。

2.「仮縫いは工程に含まれていますか?」
フルオーダーにおいて仮縫いは「確認」ではなく「構築」の必須工程です。オプション扱いの場合は注意が必要です。

3.「ゲージ服(見本服)を使いますか?」
ゲージ服”だけ”で完結し、個別紙パターンと仮縫いがないならイージーオーダーの延長である可能性があります。

4.「丸縫い(一人で一着を縫うこと)ですか?」
「弊社の提携工場です」という回答であればそれは厳密には“SRBA”のフルオーダー(ビスポーク)の定義からは外れます。

答えが具体的なら安心材料になりますし、逆に曖昧ならその時点で一度立ち止まってみても良いかもしれません。


結び:最後は“あなたの基準”で選べばいい

たまにスーツや着こなしのことがよくわからないという方がいらっしゃいますがそれは仕方がないことです。私たちは着物文化で洋服の歴史はたかだか153年(大礼服・通常礼服の制定)しかありません。一方、西欧は360年(服装改革宣言)の歴史があります。私たちは着物にたいして専門家ではなくても「なんとなく違和感がある着方」を感じ取れます。文化とは理屈より先に“感覚”が育っていくものだと思います。今後、日本の洋服文化がさらに成熟しビスポーク(フルオーダー)という言葉の定義がSRBAと同等の認識となれば嬉しいと思います。

仕立て屋という商売は資本主義の中で利益だけを追求すれば真っ先に廃業するような非効率な仕事です。それでも私たちが針を持ち続けるのは、自分に嘘をつかずお客さまの喜ぶ顔が見たい、その一心に尽きます。SEOに特化したり、キラキラした広告が悪いわけじゃないです。ただ、スーツは「人生の勝負服」になり得る道具でもあります。少なくとも「本当に良いスーツ」は職人の葛藤と誠実な工数の中からしか生まれない。私はそう思っています。

この記事があなたの人生を支える最高の一着に出会う助けになれば幸いです。
そして、もしこの記事が役に立ったらいつかお時間のあるときにぜひ工房へ遊びに来てください。お待ちしています。